Henri Poincare(ポアンカレ):1854〜1912

 吾々の眼にとまらないほどのごく小さい原因が、 吾々の認めざるを得ないような重大な結果をひきおこすことがあると、 かかるとき吾々はその結果は偶然に起こったという。吾々が自然の法則と、 最初の瞬間に於ける宇宙の状態とを、正確に知っていたならば、 その後の瞬間に於ける同じ宇宙の状態を正確に予言できるはずである。 しかしながら、たとえ自然の法則にもはや秘密がなくなったとしても、 吾々は最初の状態をただ近似的に知りうるに過ぎない。 もし、それによってその後の状態を同じ近似の度を以て予見し得るならば、 吾々にとってはこれで充分なのであって、 このとき現象は予見された、その現象は法則に支配される、という言葉を用いる。 しかしながら、いつもかくなるとはかぎらない。 最初の状態に於ける小さな差違が、最後の現象に於いて非常に大きな差違を生ずることもあり得よう。また、最初に於ける小さな誤差が、のちに莫大な誤差となって現れるでもあろう。かくて予言は不可能となって、ここに偶然現象が得られるのである。

ポアンカレ著:吉田洋一訳「科学と方法」(岩波文庫)p.73

 この文章はカオスにおける「初期値に関する鋭敏な依存性」を示唆しているとして、よく引用される。上記の訳は1953年のもので、今となっては読みにくい。次の現代的な訳も引用しよう。
 小さすぎて注意を引かないほどの要因が、見逃しようのないほどの大きな影響を招く。そして偶発効果だと言われる。もし大自然の法則と宇宙の初期状態をすっかり知りえたとすれば、宇宙の未来を完全に予測できるだろう。しかし、大自然の法則の謎が全て解き明かされたとしても、初期状態というものは近似的にしか知りえない。もし未来の状態が初期状態と同程度の近似で知りえるとするならば、現象が予測されたとか、現象が法則に支配されているといえるだろう。しかしいつもそうなるとは限らない。初期状態の微小な差異が、最終的に巨大な差異をもたらすことがある。最初の微小な誤差が、最後の巨大な差異を招いて、予測は不可能になり、偶発的現象が生じる。

J.P. クラッチフィールド他著:押目頼昌・山口昌哉訳「カオス」(日経サイエンス1987年2月号)p.68〜82


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