Stendhal(スタンダール):1783〜1842

・・・ 不思議なことに、詩人たちは勇気があるが、 ほんらいの学者たちは奴隷的で卑怯なものだ。 ・・・
卑怯さによって年金をもらった者---ベーコン、ラプラス、キュヴィエ。 他方ラグランジュ氏は俗物さがより少なかったと私は思う。
 これらの諸先生は、自分の書いたものによる名誉に自信があるので、 学者の名に隠れて政治家になりたがっている。金銭問題にかんしては、 寵遇をもとめるときと同様に、彼らは実利に走る。・・・

スタンダール「アンリ・ブリュラールの生涯」桑原武夫、生島遼一訳(岩波文庫)下 p.27

ラプラスは一般に評判が悪い。
「アンリ・ブリュラールの生涯」はスタンダールが50歳頃に書いた自伝である。
二、三年かかって、それが書けたとき、おそらくやっと私にわかるだろう、 私が何であったか、陽気か陰気か、機知の人か馬鹿か、勇気のある人間か臆病者か、 そして要するに全体として幸福か不幸か。(上・p. 44)
 この他にも、スタンダールは「恋愛論」で、熱力学の基礎を築いたSadi Carnot (1796.6.1-1832.8.24)の父親であり、ナポレオン政府の陸軍大臣、筋を通した共和主義者、数学者・応用力学者であった Lazare Carnot のことを次のように評している。

第57章 いわゆる徳について

 他人のために苦しい行いをする習慣を私は徳と呼ぶ。
 22年間円柱の上で苦行をした聖シメオン・スティートは、 私にいわせればたいして有徳の人物ではない。 これが私の考えだ。・・・
 私は魚しか食べず、木曜日だけしか口をきかない修行層も尊敬しない。 私はむしろ年老いて、卑劣なことを行うよりは、 北国の小さな町に流たくの辛苦を忍ぶのを選んだカルノー将軍が好きだ。 ・・・

スタンダール、大岡昇平訳「恋愛論」(新潮文庫)p.232


また、「アンリ・ブリュラールの生涯」では次のように述べている。
ナポレオンはこの偉大な市民カルノを、つかいへらすためにこの役(陸軍大臣) につけたのだ(すなわち、できることなら、彼を不人気に滑稽にさせようとしたのだ。 間もなくカルノはふたたび高貴な貧窮に陥った。1810年ごろナポレオンはもう彼を恐れなくなってから、このことを恥ずかしく思った。)

スタンダール「アンリ・ブリュラールの生涯」桑原武夫、生島遼一訳(岩波文庫)下 p.228

 Sadi は弟と一緒にマグデブルグに、政変で追放された父を訪ねた後、 蒸気機関の研究に熱中し、「火の動力、および、この動力を発生させるに適した機関についての考察」(1823年)を書き、熱力学の基礎を築いた。Sadi はコレラで死んだため、当時の習慣に従って持ち物を焼いたので、手稿はほとんど残っていない。 また、1823年には、ガロアが決闘で死に、ゲーテも亡くなっている。
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