ケンブリッジ・クインテッド
ジョン・L・キャスティ 藤原正彦・美子 訳
   新潮社(1998年9月)1900円(214ページ)

徐 丙鉄(近畿大学工学部)99.1.16

 終戦後間もない1946年にケンブリッジに5人の賢人、C.P.スノー、ヴィトゲンシュタイン、ホールディング、シュレディンガー、チューリングが集い、人工知能に関して議論するというフィクションです。結構読みごたえがあり、興味深い個所もありますが、フィクションにしては面白くなく、科学読み物にしては内容が浅いと感じました。

 一番の収穫は、ヴィトゲンシュタインが結構面白そうな哲学者だと知ったことです。彼の人生を知って興味をそそられました。巨大な遺産を捨て、小学校教員になる。ケンブリッジで哲学教授になった後も、著作活動に専念するためにこの地位を捨てる。いさぎよい決断によって織りなされた人生のようです。好きなタイプの人間です。彼の兄パウルは名ピアニストで、第一次世界大戦に従軍し右手を失います。ラヴェルはパウルのために「左手のためのピアノ協奏曲」を作曲したのでした。

 サールの中国語部屋の問題がおもしろい。サールの主張はアルゴリズムを遂行すること自身が知性ではないという点です。それを主張するための思考実験が中国語部屋です。別に中国語である必要はありません。この本では絵文字部屋になっています。

 スノウさんが閉じられた部屋に座っているとします。この部屋にはテレタイプと大きな絵文字問答集が置かれています。その本の各ページには、左側に質問、それに対する答えが右側に、ともに絵文字で載っています。ここで絵文字の意味を理解しているシュレディンガーさんをつれてきて、テレタイプのキーボードを使って絵文字を打ってもらいます。・・・閉じられた部屋の中でスノウさんはテレタイプのこの絵文字を見て問答集を開き、左側に欄からシュレディンガーさんのものと同じ配列を探すのです。みつかったら、そのすぐ右にある絵文字をタイプで打つのです。・・・これらの絵文字を数回、取りかわしていくと、シュレディンガーさんはテレタイプの向こう側には熟練したエジプト学者がいると信じざるを得なくなります。(p.102 - 103)
これに対するチューリングの反論が興味深い。

 絵文字部屋全体をシステムと考えれば、このシステムは意味内容をもった状態にあるのです。・・・絵文字部屋はテレタイプと問答集、スノウさんからできているのです。(p. 108)
 この話しは微妙です。我々はシステムとしての知性という考え方に面食らいます。しかし、行動主義的に考えれば理にかなっています。我々は、今やコンピュータの処理能力・記憶容量の進歩によって信じられないくらい強大な問答集を持っています。それはあたかも知性が増したように外部からは見えるのです。しかし、我々はシステムとしての知性は人間の脳のみの知性に劣ると考えたがっているのではないでしょうか?


[ Home Page ] [ おもしろい本、ためになる本 ]