悲しきネクタイ
植木不等式、地人書館(1996年10月)1,030円
副題:企業環境における会社員の生態学的および動物学的研究

徐 丙鉄(近畿大学工学部)

 書名はレヴィ・ストロースの「悲しき熱帯」をもじったものだし、筆名は植木等のもじりだ。 内容は書名、筆名、同様ゆかいで、独特の味わいがある。「科学朝日」の連載を単行本化したのが 本書である。 以下の引用文を読んで雰囲気を味わって下さい。

オズの無法地帯
 リストラの嵐が吹き荒れている。この言葉は最近盛んに使われているが、 念のため申し添えておくと英語の「restructuring」(改造)の略であり、 日本語ではおもに、「経営者が自分の経営責任を取らずに会社の 不要部分をさっさと切り捨てること」という意味で使われている。
 不要部分とは、昔は「在庫」のことだった。在庫を切って経費節減をはかるというのが (カンバン方式みたいにそれ自体に問題はあるが)、スリム化の王道だった。
 今では、今後の戦力として期待薄の中高年層が「不良在庫」と見られている。 倉庫代がかかる上に、抱えていても損金(要するに人件費だ)の回収ができない。 企業から見れば最悪の在庫だ。こうした在庫が今、あちこちでうめきながら処分されつつある。
 ヒッチコックが生きていたら、「在庫」というスリラー映画をつくっていただろう。 そういや、アンソニー・パーキンスも死んでしまったな。

サバイバル競争が激しいのは、手に確たる職のない事務系の社員だけではない。 むしろ近頃は技術者のほうが生き残り競争が激しい。融通のきかない生真面目なタイプが多いだけに、 いったんご用済みになると、ポイッと捨てられる危うさがある。
江坂彰「サラリーマン新宮仕え五輪書」(徳間書店、1989)

 あるメーカーは最近、45歳以上の在庫型社員に「転身ライフプラン」というものを しつこく勧めているそうだ。
 ちなみに「転身」と言うのは、戦時中、負けがこんできた日本軍が「退却」「敗走」のことをごまかして 発表した言葉である。
 やがて、「玉砕ライフプラン」とか「特攻ライフプラン」とかも出てくるのだろう。
 そういえば特攻隊員は出撃前に、「愛国薬」と称して覚醒剤を渡されたという。 退職金の割り増しもせいぜいそんなものだ。イロがついても、勤め続けて得られる所得より、 かなり少ないのが常識である。


 もし私にソロモンの指輪(そいつをはめると動物と話ができるというアイテムだ)があれば、 南米のハキリアリたちの臨終のグチに耳を傾けるだろう。
 ハキリアリは、その名の通り葉っぱを切り取って巣に運び、それを畑としてキノコを栽培する、 いわばメーカー系の生物である。
 そして彼らは、キノコ栽培後のカス(産業廃棄物だね)を捨てるための、決まったゴミ捨て場も持っている。その点では公害対策が進んだなかなか見所のある連中なのだが、実はそのゴミ捨て場は、働きアリの墓場でもある。
 ケガや老化で働けなくなったアリ達は、かつての同僚にくわえられて無理やりこの最終処分場へ運ばれ、 巣(会社だね)に戻ろうとしても力ずくで阻止されて、挙げ句の果てに本当に物理的にポイッと 捨てられてしまうのだ。
 ううう、私たちの進化とは、いったいなんだったのでしょうね。
 仕方がないから、せいぜい歌でも歌っていましょうか。

人事部さんから  お手紙ついた 
窓際さんたら   読まずに捨てた 
仕方がないので  部長が出てきた 
「辞表の書式は  これこれこうだ」

 ちなみに表題は、ブリキのきこりさんに油をさすゆとりもなくなったドロシーさんが、 自分だけさっさと逃げ出してしまったとかいうような話ですね、たぶん。

 この他にも、「単身オールナイト」、「マックスウェルの米屋」、「遠くへ液体」など がある。御一読あれ。
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