カオス(chaos)

徐 丙鉄(近畿大学工学部)1996.7.26

1 物理法則、決定論、予測可能性

初期条件を与えると未来が決まる系を決定論的な系という。 そういう意味では初期条件の中に未来が含まれていると考えることも出来る。

物理学は変化する現象を時間の関数として表現することを目標の一つとする。 典型的な例がニュートンの運動方程式であり、微分方程式という形式で変化を規定している。

   ニュートンの運動方程式 

例えば、放物体の運動では、初期条件:初期の位置(x0、y0)、初速度 v0 、仰角θ、 の下で運動方程式を解くことによって、未来が次のように具体的に求められる。

このように決定論的な系では初期条件が確定すれば未来も確定するのであるが、 決定論的な系は予測可能であるといってよいであろうか。

2 初期値に対する鋭敏な依存性(Sensitive Dependence on Initial Conditions)決定論的システムではあるが予測不可能とはどいうことか

初期条件は厳密に求まるのだろうか。初期条件を決定するには観測をし測定をする。 測定値には誤差がつきものである。長さを測って、3.5mとは、3.5000 ... mかもしれず、 3.498... m または、3.501... m かも知れない。 このように初期条件を無限の精密さで測定することは不可能である(無限精度の実数の情報量は無限大!)。

そこで、次のような疑問がわいてくる。 我々は誤差を含んだ初期条件を元に未来を十分精確に予測できるか? つまり、初期条件に含まれる微小な誤差は将来に置いても微小なままであり続ければ、 現実的には「未来は予測可能である」と言ってもよいであろう。 だが、もし初期の微小な誤差が時間と共に急速に成長し続けることがあれば、決定論的な系と言えども、未来は予測不可能と見なさなければならない。

初期条件の微小な誤差が時間と共に急速に(指数関数的に)成長し続けることを、初期値に関する鋭敏な依存性(SEDIC : Sensitive Dependence on Initial Conditions)という。 SEDIC を示す系の振る舞いをカオス(Chaos)という。 つまり、カオスとは決定論的システムが生み出す非周期的で予測不可能な振る舞いのことである。

問 放物体の運動では初期条件の誤差は時間的にどのように振る舞うか。

3 天気予報はなぜ外れるのか?

 

現在、日本の天気予報はどのように行われているのだろうか。 テレビで天気予報を見ればわかるように、気象衛星ひまわりや全国1313カ所に設置したロボット気象計を用いた地域気象観測システム、AMeDAS ( automated meteorological data acquisition system )、で日本とその周辺の天候の情報(気温、風向・風速、降水量、日照量)を収集している。 これらの気象データを、天気を支配する方程式に入力し、それらをスーパーコンピュータを用いて数値計算し、将来の気圧配置などを求め、天気を予報する(数値予報:気象系は決定論的システムである)。  このようにして、予報しているにもかかわらず外れる(夕方発表する明日の天気予報の的中率は昭和 62 年度で 81 点)のはどうしてなのだろうか? 方程式が間違っているのか? 数値計算の仕方がおかしいのか?

実は天気予報が外れるのは、気象系が SEDIC を示すからである。 今日の気圧配置が去年の今日の気圧配置に良く似ているからといって、明日からの天候が去年と同じように変化することにはならない。もちろん、1分、1時間、1日程度は去年と同様に天候は推移するであろうが、二日三日と経過するに連れて、初期条件の微小な差が効いてきて、大きくずれるのである。このことを Edward Lorenz はバタフライ効果(Butterfly Effect)とよんだ。つまり、地表のどこかで、 あるとき蝶が羽ばたくかどうかが未来の天候に影響を及ぼすほど天候には鋭敏な初期値依存性があるというわけである。 「Predictability」と題する1972年の講演で、Lorenzはこの話題をとりあげたが、そのときの副題が 「Does the Flap of a Butterfly's Wings in Brazil Set Off a Tornado in Texas? ブラジルでの蝶の羽の羽ばたきがテキサスでトルネードを起こすだろうか?」であった。

天気予報はどれほど先を予報するかで次のように分類される。 数時間先までを扱うのは短時間予報、明日または明後日までを扱うのは短期予報、1週間先までを対象にするのは週間予報、1か月から半年先までを対象とするのが長期予報である。 遠い未来のことほど予報精度は低下するが、これはカオスに由来することで、予報技術の未熟さ故ではない。  大気を一つの力学系と見なした場合これは非常に複雑で、多くの要素が相互に複雑に関連し合っている。しかし、これが SEDIC の由来ではない。単純な系でも SEDIC は起こり、未来は予測不可能となる。


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