海岸線の長さを測ると?

徐 丙鉄(近畿大学工学部)1996.7.16

海岸線の長さ

 直線の長さは誰がどのように測っても同じであるが、海岸線のように複雑に入り組んだ曲線の長さはどうだろうか。地図を広げて、デバイダーの脚を幅εに開き、海岸線に沿ってデバイダーを進める。つまり、海岸線を長さεの線分からなる折れ線で近似し、その線分の数 n(ε) を数えれば、海岸線の長さの近似値 L(ε) が得られる。

     

 さらに近似の精度を上げるには、小さな凸凹が拾えるようにデバイダーの脚の幅εを小さくすればよい。本当の海岸線の長さは ε→0 の極限で与えられる。

     

 このようにして測った実例を図1に示す。(マンデルブロ「フラクタル幾何学」p33)

図1


Google Mapで海岸線を見る
 このように、海岸線の長さはεに依存して変化し、εの値が小さくなるに従って増大する。つまり、海岸線の長さには任意性があり、理論的には発散すると考えるのが合理的である。従って、海岸線を長さで比較することはあまり意味がない。しかし、特徴と言える凸凹の度合いを定量的に表すことは出来ないのだろうか。

 図1を観察すると、海岸線や国境線に関しては、 L(ε) のグラフの傾きはε値が小さいところで一定になる。これは次の様に説明できる。折れ線の個数 n(ε)はεを小さくするに従って次のように増大する。

     

すると、
     

となる。  (4)より図1のグラフに傾きは 1-D である。この D をフラクタル次元と呼ぶ。実際、直線や円に対しては D=1 となることを簡単に示せる。また、この値は長さの不定な海岸線や国境線を特徴付け、その凸凹の程度を定量的に表現する。直線や円など、拡大すると直線で近似できる単純な図形のフラクタル次元は1である。一方、どんなに拡大しても凸凹が存在する曲線のフラクタル次元は1より大きく、その凸凹が激しく入り組んでいるほど次元は2に近づく。例えば、ブリテン島のフラクタル次元は図から読み取ると、D = 1.3 である。

 また、(4)よりフラクタル次元の値によって曲線の長さは次のよう分類される。

     

こんなことを考える人はどんな人:RichardsonとMandelbrot

 海岸線の長さを色々な長さの折れ線で近似して測るとどのようになるかと考え実行したのはLewis Fry Richardson(英:1881年10/11〜1953年9/30)である。彼はニューキャッスルで生まれ、1901年キングス・カレッジ(ケンブリッジ)に入学、1903年自然科学第一部門のtriposに首席で合格し、卒業した。物理分野では乱流の研究でも有名で、拡散に関するRichardsonの4/3乗則で知られている。彼の主な仕事は気象学関係であるが、その関心は多方面に及んだ。

 Richardsonのこの仕事を一般化した文脈の下にフラクタルの一例として採り上げ、図1の曲線の傾きの意味を見出したのは、Benoit B.Mandelbrot(ベンワー・マンデルブロ)である。彼は、ポーランドで生まれ、フランスで教育を受けた数学者である。エコール・ポリテクニクを卒業し、カリフォルニア工科大学航空工学修士、パリ大学数学博士の学位を得、IBM Fellowとなる。1975年にFRACTALS : FORM, CHANCE AND DIMENSION を出版した。この本を大改定したのが、THE FRACTAL GEOMETRY OF NATURE(W.H.FREEMAN AND COMPANY,1977、邦訳「フラクタル幾何学」日経サイエンス社)である。コンピュータによるフラクタル図形の視覚化がその概念の発展に寄与した。そういう意味では、彼が IBM Fellow であったのは幸いであった。

 1985 年にコロンビア大学からバーナードメダルを贈られた。これは米国科学学士院から5年ごとに推薦され授与されるもので、歴代受賞者にレントゲン、ラザフォード、アインシュタイン、ボーア、ハイゼンベルグ、フェルミなどがいる。さらに、1986 年にはフランクリンメダルを受賞している。
 また、彼の発見したMandelbrot集合は、フラクタルの典型としてしばしば登場する。   

Fractal

マンデルブロの造語、ラテン語の形容詞 fractaus から造った。 この形容詞に対応する動詞 frangere は「壊れる」つまり不規則な(irregular)断片(fragments)ができることを意味する。fractal の品詞は名詞と形容詞である。

フラクタル図形とは、色々なスケールで眺めても同じように見える図形と言うこともできる。

小国と大国

 隣接するスペインとポルトガルの両国間の国境線の長さは、スペインは 987 kmと主張し、ポルトガルは 1214 kmと主張している。また、オランダとベルギーによって主張される両国間の国境線の長さも、380 km と 449 km で顕著な相違がある。これらの相違は、国境線が1より大きなフラクタル次元をもつ曲線で、小国が大国に比べ国境線に神経質なので小さなεを使ってより精密に測っていると考えることで説明できる。

問 スペインとポルトガルの両国間の国境線を測るとき、スペインがもちいた折れ線の長さをεとし、 ポルトガルがもちいた折れ線の長さをε' をとするとき、両者の比 ε/ε' を求めよ。
【ヒント:先ず、スペインとポルトガルの両国間の国境線のフラクタル次元を図1の直線(LAND-FRONTIER OF PORTUGAL)の傾きより求めよ。】


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